2-1) ミッレ・ミリア'89

 広尾の裏手、緩く長い坂の途中にティペットさんの家シマズ・ハウスはありました。いわゆる「外国人向け住宅」というフレーズから想像されるよりずっと質素な古びた木造の一軒家。かの島津公と縁のある建物なのかもしれません。
 普通の日本住宅との大きな違いとして「縁の下」がないことが印象に残っています。玄関ドアを開けると半畳程のレンガ敷き、目の前には何も遮るものはなく床材分5cm程の段を上がればすぐ広いリビング、正面には暖炉がありました。 豪華でも抑えめの調度品、壁面は小さいアートや写真の額で一杯でした。
 ティペッツ夫妻(と2匹の犬、エンゾとカリフォルニア)は突然の珍客を快く迎えてくれました。

(後日、マーク&ヨン夫妻の離日パーティの席にて)
 ヘッジズさんの不在の理由は自分の英語力ゆえヒアリングできませんでしたが(^^ゞ
そういった若干のコミュニケーション不全はあったものの(笑)氏にとって昨晩初めて会った東洋の青年が突然、絵を携えて訪ねてくる、というのはエクサイティングだったようで、終始上機嫌かつ積極的でした。
 『趣味の世界はこうでなくてはいけない!』 
(以降『・・・』は英語ということで・・・)
と熱く語っておりました。
その後何度かお邪魔させて頂き自作も何点か見てもらったのち
 『実はこの写真を描いてほしいのだが・・・』
と切り出してきたのが、復刻版ミッレ・ミリア'89、そのスタート台上でのスナップでした。
 テスタロッサのパッセンジャーシートにいるのがティペットさん。 ドライバーはこのクルマのオーナーにして、あの「ゴールドマン・サックス」のピーター・サックス!と聞き 、復活ミッレ・ミリアに出ているだけですごいのに・・・と二度びっくりでした。

 同時に氏の所有車の写真も数点渡され、これらも依頼を受けました。その驚くべきラインナップは・・・
SF500 - コピーsfast500 - コピーsuperF500 - コピー
500スーパーファスト(!)
そして

365カリフォルニア(!)
氏の所有車はS/Nは9985
フェラーリ同人誌(失礼?)プランシング・ホースの同車特集号
表紙
にも掲載されると同時に氏自身もオーナーズリポートを寄稿しています。
この2台は英国本国にあるそうで、都内の移動はベントレー

(この車種だったと思います・・・)
 
 このクルマには乗せてもらったことがあります。ドアを開けると木と革の香りが漂います。
『英国が香るね』 という意味の言葉を発したら・・・
 『???』
自分の表現が適切でなかった様で正しく伝わらず(汗)
『日本車はボンドの臭いがする』と補足すると、ようやく理解してもらえ
 『なるほどその通りだ。日本製のクルマは接着剤の臭いがする』
との答え。同じ単語をなるべく反復しない、英国英語を感じた一瞬でもありました。
 ある日、英国の自動車雑誌に掲載されているアウトウニオンGPカー

(いわゆるPヴァーゲンだったと・・・)
の写真を指して氏曰く
 『このクルマはこの前まで友人が所有していた』
とのこと(個人が!確か当時走行可能な実車は1台だったのでは・・・?)
 こういうクルマを所有する富豪はそれを売って得た資金を何に使うのか、と純粋に疑問に思い
『彼はコレを売って替わりに何を買うのか?』と訊くと
 『クルマ以外の、彼のもう一つの大きな趣味はハンティング(狩猟)で、彼はそのための荘園を買ったのだ』
というのです。何たるスケールの話!驚いた自分が
『自分の様な労働者階級の人間には別世界の話だ・・・』と漏らすと氏は

 『それは関係ない!こと趣味においては人は年齢や職業を問わず等しく平等なのだ!』

と強く語りました。実際このあともクルマ趣味を共有するがゆえに、普段生活している限り絶対に接点がないであろうそうそうたる方々と出会えた経験を重ねるにつれ、この一言は以来自分の中で真理として生き続けています。

だいぶ脱線しましたが・・・依頼後、2週間程して完成したのがトップ画像の1枚。
 持ち込み、開封した時の奥さんの
『Oh my god!』
のフレーズは 、こういう時にも使うんだ、と知ったことも相まって今でも鮮明に覚えています。




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  1. 2013/01/27(日) 11:14:07|
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2-0)フェラーリ250GTOとの邂逅

 自分の絵に最初に値段がついた時のお話をしましょう。
 1990年だったか91年のある日。お世話になっている(今も!)クルマの先輩 World Famous Nikon F Collector S氏から連絡がありました。「今度GTOが青山に来るから是非見に来い!」
 なんでも3大オークショナーのひとつ、クリスティーズの次回のオークションにフェラーリ250GTOが出品されることになり落札予想価格22億円(!?)という高価格車ゆえ、その姿を世界中の富豪に見せるべくプレビューとして実車が各地を廻っており、ときバブルな日本にもやってくるとのことでした。
MAT - コピー
(当時のスポーツ新聞の切り抜きが出てきました)
 GTOが売りに出ること自体非常に珍しいし、何より当時日本にはフェラーリ250GTO、公には「ない」ことになっていたので(実際にはありました)実車を見たことがある人は限られていた時代で、もちろん自分も見たことはありませんでした。
 とにかくそのクルマの先輩S氏は、面倒見がよいのか悪いのか(もちろんよい、です・・・汗)
「情報はやるからとりあえず自力で現場までこい」
という人で、F1のときもそうでした。「とりあえずピットまで来い。そうすりゃいい目見させてやる」この一言を頼りにスズカF1、なんとかピットまで辿り着いた自分達への第一声は「偉い!よくここまで来た。どうやって来た?」でした。どうやってって・・・。

(その時はセナ&プロストのサインはもちろん肉声の録音も!)


(氏の永く所有するGTE)
 そして当日、青山スパイラルホールにはオレンジの(暗いホール内ではそう見えました)FERRARI250GTOさまが鎮座ましまして居られました。
 このクルマについては、うろ覚えですが・・・シャシーナンバーが3223、前オーナーがフランス人フェラーリ研究家G・プーレ、極初期の(最初の?)1台でボディと間にラバーを挟んだ別体のダックテールが特徴、華々しいレース・ヒストリーはないものの、それゆえオリジナルをよく保っている・・・
(なんとも、使い切りカメラの画像なので・・・)
といったところだったはずです。その第一印象は
 小っちぇえ
でした。今思えば生粋のレーサーゆえ当然なのですが、長年にわたって文章と写真だけで培われた名車、高性能車のイメージに加え同門の275GTBの持つややふくよかなスタイリングの印象もあり子供じみた感覚ではありますが、そこにあるだけで他を圧倒するようなもっと大きいものを勝手に想像していたのでした。 そして周囲をぐるぐる回りながら観察すると湧いてきた「第二印象」は
 コーヴェットに似ている(!)

(いわゆるC3アイアンバンパーですね)
でした。決定的に違うのはウィンドシールドのアール(上面視でGTOはおおよそ単アール、コーヴェットは両端アール)加えてディテールにも同じところは全くありません。がしかし、カタチが似てる!御本尊GTOには失礼かもしれませんが(笑)その時は本当にそう感じたとともに、同車のスタイリングイメージを消化しつつ全く違うものを創造したB・ミッチェル(GMスタイリングの親分)は大したもんだ!とも思いました。そうしているうちに湧き興る不思議な、既視感のような感覚。「第三印象」は
 ポール・マッカートニー(!?)
でした。ずっと憧れていながら実際に見ることは叶わず永い年月をおいて実際に体験すると、膨れ上がった期待値に比べて落胆はないものの「思っていた程ではない」という感覚。これは'90年のポール・マッカートニーの来日公演で味わった感覚と同種のものと感じました。

(そのチケット半券と当日購入し、現在も「使用中」のピンズ)
 思えばその10年前ソロ初来日の空港での逮捕、国外退去(ポールとリッチー・B命の友人Kはショックのあまり払い戻しせず・・・)以来この眼で見たくとも叶わなかった、もう見ることはできないのではないか?という飢餓感、そして遂に訪れたそのカタルシス。名車とはいえ一介のクルマとの出会いにこんな感覚を覚える自分って・・・

 全く違うものに思いを馳せる位に落ち着いてきた(?)自分にS氏が当日のゲストを紹介してくれます。
 フェラーリ研究家/歴史家にしてF1関連でも活躍する翻訳家、I氏
 今回GTOに帯同し世界を廻っている、このクルマを走らせたドライバー、A・ヘッジズ氏
 そして今回のプレビューのコオーディネーター、M・A-ティペッツ氏

(写真を撮っているのがティペッツ氏)
 なかでもヘッジズ氏はプライベートGTフェラーリのドライバーとしてより、MGの元ワークス・ドライバーとしての方が有名で、かのパディ・ホプカークとシートを分けあうような名ドライバーである、とのことでした。 そういった方々との談笑ののち、当日はお開きとなったのですがやはり舞い上がっていたのでしょう、何を話したかは全く憶えていません。ただ帰宅後猛烈に湧き興る創作意欲!
  往年の名ドライバー氏がわざわざこんな極東くんだりまでやってきて、大して話もせずに帰る(実際氏に声をかけている人はほとんどいませんでした)このまま帰らせるなんて失礼だろ!何かジャパニーズ・スーベニアを持って帰ってもらおう!!
自分にできること・・・そうだ、絵を描こう。そしてそれをプレゼントするのだ!!!
 資料をひっくり返すとワークスMGC、正面視のモノクロ写真がありました。

(これは別の画像ですが、モノクロでこんな感じでした)
これだ!しかし色が判らん・・・。色々調べ進むと緑と黄色らしいことが判りました。よし!違ってもいい、それで行こう。一晩で描き上げました。そしてS氏に電話「ヘッジズさんに絵を差し上げたいので連絡先を・・・」しばらくして「ティペットさんの家に泊まっている。場所は広尾のシマズハウス、電話は・・・」との返信が。
 さてここからが大変。 自分英会話は少々できますが、身振り手振りが効かない(見えない)電話は別物! 事前原稿を書き出して、緊張しながら電話しました。なんとか通じて(何といったかは憶えていません)翌日(日曜でした)勇躍広尾へ。
 しかしヘッジズさんは何故か不在。ただし迎えてくれたティペッツ氏はご夫婦で、大いに歓待してくれたうえ「素晴らしい!」と絵も大変気に入ってくれました。気になるMGC塗色も合っているとのこと。

そう、自分の絵の最初の顧客はそのティペットさんなのです。

長くなったなので今週はここまで。



  1. 2013/01/20(日) 02:01:07|
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1-0) 十字野郎 ≒ ジウジアーロ ≒ ジュージァロ

(available)
イラスト、というと格好良すぎる感じですが自分
絵はずっと、それこそ幼稚園に入る前から描いていました。
その頃はゴジラをはじめとする怪獣ばっかり
GODZILLA
でしたが
オトモダチに「書いて!」といわれ、いい気になってました。
それが今なお続いている訳で
正に三つ子の魂・・・といったところでしょうか。
そして中学に入る頃、例のスーパーカーブームがあり
以降その対象がクルマになりました。
直前にはブルース・リー&空手ブーム

なんてのもあって
その頃はやはりそればっかり(!)でしたが
今思えば
随分人間(と筋肉)を描く練習になったなと感じます。

話をクルマに戻すと・・・そのスーパーカーブームのさなか
世界のスーパーカー群が紹介されるなかで
最初に好きになったのは声♪ じゃなくてm(__)m
ポルシェ・カレラRS2.7

でした。
たった210HPしかないのに
ゼロヨン13秒台なんて、ポルシェってすげえ!
といったところで、いわば同社の質実剛健さ惹かれた訳です。
がしかし一方、元来「かたち」とかオブジェ
BIZX
(どちらも中学時代の、じゃなくて最近の作品。こんなのも造ります…)
リル
が好きなもので
理詰めな感じのするポルシェより
どうしても
華麗なイタリアン・デザインのスーパーカーたちに
靡いていくことは止められませんでした。
それでも質実剛健さを求める心はどこかにあり
スタイリスト氏の赴くまま描かれたエモーショナルな
スーパーカー然としたクルマたちより
どこか抑制の訊いた感じのするデザインのクルマ
が気に入ってました。
そしてクルマに詳しくなっていくと
自分の好みのクルマの多くが、かの
ジョルジェット・ジュージァロ御大

の手によるものだったことがわかってきました。
以来自分は、HNからもおわかりのように
御大の才能にある意味、心酔しています。
画像は趣味のトライアルバイクを駆る若き日('70年代)の御大。
ちなみに「ジウジアーロ」は
CG誌がはじめて御大の名を我国に伝えた際の表記で
これが広く通用していますが、
後にCG誌自身が、こっちの方が実際に近いとした表記が
ジュージァロ・・・ややこしいですね。
御大の作品は
スーパーカーより乗用車寄りの
いわゆるクーペ

に光るものが多いのですが
あえてスーパーカー群のなかから御大の作品中の
マイ・ベストを挙げるなら
デ・トマゾ・マングスタ (トップ画像)
ですね。このクルマについてはゆくゆく!



  1. 2013/01/12(土) 21:22:45|
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ご挨拶

無題

2013年!
新年の計としてブログをはじめることとしました。
今まで描きためてきた作品をアップしつつ
好きなクルマ、モーターサイクル、自転車・・・
これらはイタリア製を中心に
そのほかレザージャケット、映画、音楽
はたまたワイン等グルメまで
将来の書籍化を視野に入れつつ(^◇^)
綴っていきたいと思います。

画像は愛車AutobianchiY10横で小径ホイールを嬉々として(?)組む筆者。



  1. 2013/01/05(土) 11:34:30|
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