6-4) カスタムマニア:その4

bc - コピー
(sold)
 最新のサイクルスポーツ巻末のニュース欄に「カザーティ・モンツァ」30台限定販売、との情報がありました。

 それに触発され自車のスペックの話、再開です。

 ・・・ペダルについては触れてきませんでしたが普段は、出たばかりの時に買ったスピードプレイ
speedplay
(初期型はワンピースの踏面)
を使ってます。非常に調子良いです。特に厚みがないので安定性が高い感じがします。
 機能面が優れているのはもちろんですがキャッチ機構がシューズ側にあるので見た目がシンプルなのも良いです。
 ドラえもんの手のようですが(笑) 
 
 欧米人のデカい足、用にペダルシャフトが長いのが気になりますが、クランク加工で対策済み (カスタムマニア:その3 参照)です。

 一方画像のペダルはMTB用タイム・アタック。
タイム
 白いペダルが欲しくてネットオークションで入手したこの「完成車外し」の未使用品タイムですが、OEMというかライン装着品とアフターマーケット用市販品とでは回転部のクォリティーに大差があるのには驚きました。
 コイツは滑らかな・・・どころではなく全然回りません。ベアリングだけでなくシャフトの材質にも違いがありそうです。
 皆様同じ轍を踏まぬよう、ご注意を。

 歩行時用に用意したタイムですが、上記の理由でそのままお蔵入りしていたのですが・・・
 ぺダリングスキル向上(=アンクリング防止)に足首テーピングが効く
と聞き、ならば・・・
 ハイカットのMTBシューズでも近い効果が得られるのではないか?
 と試している所です。  
 そのMTBシューズはナイキの
nike
品名失念。
 表記より小さめでサイズ8.5。自分はサイズ・エイトハーフを買ったのははじめてです。そこで
おしゃれな映画です。余談でした。(笑)
 このナイキ、買って間もなくストラップ(=基部縫製)が千切れる!
というトラブルがありましたが、
厳重修理
修理しました。
 その後 、サドルはセッレ・イターリア初の「2分割」サドル
ミトス
ミトスに。
軽量かつ快適です。当分替える気はありません。
 ステムはITMの
ステム
Big Oneに。
軽量ステムボルト&斜臼を組んでます。
 ホイールも自分で組むようになり(!)MTBパーツを何種類か試しました。その段階でこんなトラブルも。
ラジアル 
ラジアル組みは危険、かもしれませんね。
 その他、ピラー挿入部をカットする(!)など地道な作業を重ね、重量は9.0kgを切るところまで来ました。
 Wレバー仕様は軽い、ということでしょう。
 フレーム・フォーク・ヘッドパーツで2.6kgもある旧車としてはまずまずの軽量車に仕上がったかと。
軽量化 
(ステムボルト&斜臼、Ti.BB。「在庫」があるんです・・・)
 それほど過激(=高価)な「軽量化パーツ」は使っていません。カンパマークのついたクイックシャフトは渋々スキュワー(=6角レンチが必要)に替えましたが。
ということで持ち歩かねばならなくなった6角レンチ。
ならば・・・!タイアレバーと兼用できるように「改造」しようと
 赤熱させてから叩く!というまるで「刀鍛冶」の如き荒技で
工具 
スペシャルツール(!)も造りました。

 普通は長く乗り続けていくと各部の消耗と共にパーツがアップデイトされていくものですが、流石にこれだけ色々やると「手塩に掛けた」感も湧き、この状態を維持していこうか、という気にもなります(笑)当面このままでしょう。
 8速化(=Rメカ&シフター交換)はコストが合わず、9速化(=チェーン、スプロケット全交換)はあり得ない、という感じです。
 余談ですが・・・サンツアーの旧いWレバー
bc.jpg
(=ノッチが9段!)
を使うことによって、8速のギア間隔&ギア板のままで9速化する裏技もあるようですが、必然的にRメカも シュパーブ・プロになってしまい
「ほぼカンパ」でなくなってしまうので・・・。

 冒頭で触れたCasati Monza、ぱっと見ほぼ同じ仕様のようなので購入をお考えの方に 「背中を押して」差し上げましょう(笑)ということで・・・
 
 カザーティSL号の魅力はほかにも、特にフレームのディテールにあります。
 
 件のMonza号には付いていないようですが(きっとカーボンフォークがつくのでしょう)オリジナルのCrMoフォーク、そのクラウンの外側後方には
ブレーキング時の変位(=前輪が内側に入ってくる)対策として「ヒゲ」が長く伸ばされています。
クラウン
 これは他社にはないCasati独自のディテールです。
 日本の高名な某ビルダー氏曰く「Fフォークにはビルダーの意図が表れる」のだそうです。
 
 自転車に限らず、明確な意図のある制作物に触れるのは楽しいことです。
 
そして「ブリッジ」のないBB後方。
チェーンステー 
(タイアとのクリアランスは最小)
 普通はタイアクリアランスを得るためチェーンステーには縦に潰しを入れられます。それによる横方向の剛性低下を補うべく後輪・BB間に横方向の
補強パイプも入るのですが・・・
 Casatiはその「縦潰し」を最小限にとどめ、真円に近いチェーンステー断面(=溶接面)を確保、ブリッジを省略しています。
 このディテールを自分は
「ロードレーサーなんだから太いタイアなんざ履かせるな。
 後輪嵌め合い精度はまかせろ。
 鉄にはなるべく火は入れない方がいい。だから溶接部を減らした。」
というビルダー(=ジャンニ・カザーティ?)からのメッセージとして受け取っています。
 
 ・・・どうです、欲しくなりましたか?
monza.jpg
各サイズ合計での30台だと希望のサイズは・・・急がないと・・・(!?)

  トップ画像は以前仕上げた70年代のホルクス(?)ベースのポタリング車。 我国ではツーリング車全盛の頃のイタリア風ロードレーサーは珍しく、
 ならばよりイタリア風に!でも走りはあまり期待できないので散策用に・・・ というコンセプトでした。

 まずチネッリの420だったか幅広のバーをひっくり返してカット、ブルホーンにして同じくチネッリのステムと合わせます。
 bc - コピー (3)
(トップチューブのカンパ純正「アウターバンド」が泣かせます)
 ブレーキレバーはポタリングゆえフラットに、ということでボルトクランプではない「バンド式」のブレーキレバーを選択。
 そのバンド、フック部分(φ22.2)を 曲げロードバーに入るように広げ、
 レバー自体もハンドルバーに沿うように曲げ、
「ギドネット」風にも使えるようにしてあります。
 サドルは「ターボ」のパチモンに。
 自車のサドルはすべて「白」。こだわってます。不人気なので「安い」というのもありますが(笑)
 ピラーはSRの、ブレーキアーチはユニバーサル(ウニヴェルサル)の共に高級品だったのでキャリーオーバー。
 ハブはカンパのいかにも当時風のラージ(グレード不明)、
 フリーは5速の「ジュラエース」(←当時の正式表記!)で、これらもキャリーオーバー。
 リムはマビック、当然「旧ラベル」のチューブラーでしたが、だいぶ白く粉を吹いていて危険なので、新ラベルが気に入らないものの同じくマビックのオープンプロを普通に♯15で組んでもらいました。今回はサガミではなく目黒のセキヤで頼みました。
 タイアはミシュランの最廉価版。
 ペダルは定番シルバンライト、クリップは多少当時風に凝って「革つき」にしました。
 さて問題のクランクです。豪華なことに(笑)初代ジュラエースが
同じくシマノ「クレーン」のRメカとセットでついてましたが迷わずあっさり外し
bc - コピー (2)
カンパのストラーダのクランクとRメカ(サガミで入手)にしました。
 散策用なのでFメカなしのシングル、見た目重視で大きめ48T、カンパ純正のリングを奢りました。
 チェーンは在庫(=元MBK)のザックス・・・

 乗り味はホイールベース、特にリア・センターが長いがゆえにゆったりとしていて、散策車としてちょうどよい感じ。でももともとロードレーサーなので、それなりに良く走る・・・ってところでした。
 しかし組み上げてみたものの、どうも自分の用途とラインナッブ(当時はMTBも複数所有)にマッチしない、というか「はみ出て」しまうので・・・
 何かの自動車イベントのフリーマーケットで売却しました。確か部品代くらいになったと記憶しています。
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  1. 2013/06/29(土) 21:24:12|
  2. Bicicletta
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1-2) カーグラフィック・ファンクラブ?その2

 
(available)
 唐突ですが・・・特にリクエストもないまま「休載」になっている「CG's」時代のお話、続けたいと思います。

 クラブとしての活動の2本柱が会報の発行と各種イベント、その筆頭は
お正月の「クイズ&ラリー」でした。
 「クイズ&ラリー」とは、指示速度も距離計算もない、
Cus10008.jpg
コマ図
の指定通りに走るだけのラリー、それにチェックポイント現地に行かないと解けないクイズ―例えば「階段の段数」とか―を合わせたもので、「自動車オリエンテーリング」といった趣のゲームです。スピードを競わないため順位はクイズでつけざるを得ず、結構な難問にエスカレートしていきました。
q1.jpg q2.jpg q3.jpg
(この問題は2000年開催の、復活単発イベントのもの)
 問題をロック系に振ったある年はゲスト参加の友人
shinyoko.jpg
KとI(=うちのバンドメンバー)
の圧勝、なんてこともありました。出題の失敗という話も・・・(笑)

 チェックポイントはその前年にオープンしたばかりの「トレンディースポット」例えば羽田空港とかが選ばれました。
haneda.png
「ビッグバード」
 スピードは競わないといっても「ゼロヨンSS」と称して0発進4メートル(!)をアイドリング・クラッチミートで!というのはありました。時代ですね、ATがほとんどいなかったんですねえ・・・。いきなりボンネット開けアイドリング上げだす奴も・・・(笑)
 

 お正月以外の開催の場合はバーベキューをセットにしてました。
 そのおかげで回を重ねるごとに大人数向けケータリングのノウハウが蓄積され、それは今も自分の財産になってます。

 そのほかにも筑波サーキットを借り切っての走行会や富士スピードウェイ・パドックでのジムカーナ
16.jpg 11.jpg
(それら開催のためJAF公認クラブに)
メンバーによるレース参戦等がありましたが、活動が少々「武闘派」に振れ過ぎた感もあります。
 結局それがクラブの寿命を縮めた、と言えるかもしれません。

 さてもう一方の柱、会報についてです。その編集態度としてはまず、カーグラに心酔する者としてぶっちゃけ「真似」がしたい!ということで・・・
「例のコーナー」撮影会そして新車のインプレッション(!)をやりました。
 創設メンバーのモータージャーナリスト中村氏の尽力で、なんと広報車を借りて、です。一度返却が遅れ問題になったこともありました。出たばかりのMR2のレンタカーを借りてハチロクと連れ立って
mr2.png 86.png
4AG乗り比べインプレッションなんてのもありました。流石に前輪が楽をしているミドシップ。MR2は下手っぴ(=自分)がアンダーを出しても、そこからまだ舵が効く所が印象に残ってます。

 そのほかニューモデル解説やスタイリング論などもありましたがやはりカーグラ編集部からの寄稿は楽しみでした。
 なかでも吉田記者からの一文は、それまでのベストバンドリングカーとしてディーノを挙げる熱く読み応えあるものでした。
RS.png 
(この’73-9月号参照。そう、この号は’73カレラRSとディーノ
246GTという、2大スター共演「大サービス号」なのでした)
17.jpg
そしてあの白いディーノは当時中村氏在籍の店が提供したもので、よく知っている・・・といった後日談が次号に載るなどVividなやり取りはエクサイティングではありました。ちなみにその吉田記者手書き原稿は未だ手元にあります。
 そしてもうひとつ。伝説の走り屋、ゲイリー・アラン光永
gamp.png
をご存知でしょうか?彼については、福野礼一郎氏の著書
「ホメずにいられない2」
に詳しいのですが、メンバーに彼の知己が居り、その熱い生き様を活写した、福野氏のものとも完全に符号するそのメンバー(O氏)寄稿の文章のリアリティ。痺れるものがありました。
 まだまだ書き足りない所ですが、この位に。

 
 トップ画像はグラフィックス店内でカーグラを見ながらサインペン一発描きしたアストンマーティン。当時凝っていた某ハードボイルド小説の挿絵の雰囲気・・・を狙ってみた一枚。でも、availableったって・・・。
  1. 2013/06/23(日) 11:23:15|
  2. Profile
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3-1) Italian Job

 
(available only Data)
 ウンベルト「チリッロ」デル・ヴァッキオ。
 マングスタ以前のデ・トマゾ、レーシングカーからストリートカーまで
Dtrsport2000ghiac.jpg  fq.png
5000.png  801.png
cat.png  mangsata.jpg dv.png
(この右端の人物こそデル・ヴァッキオでは・・・?)
 たった一人で全てを創り出し初期のデ・トマゾを支えた辣腕エンジニアです。文字通り「知られざる天才」であった彼の存在を、世界に先がけ「発掘」したのはかの沢村慎太朗氏、前稿出典
「スーパーカー誕生」
 においてでした。全てを行ったと伝えられる彼は、エンジンのチューニングも 大口径キャブレター、高圧縮比、高回転化・・・ といった

 イタリアの伝統的な手法

 で行ったようです。それは「スーパーカー誕生」
valler.png
ヴァッレルンガ
 項からも垣間見えます。曰わく
「・・・高回転重視で、ストップアンドゴーでは吹き返しが・・・」
あのケント・ユニットをストリートカーでそこまで・・・と感じたのは自分だけではないでしょう。

 それでは、マングスタを世に送り出したのちの彼の足跡を、前稿同様
「ファンタジーの世界」で追ってみましょう。

 「イタリアンジョブ」をご存じでしょうか。 映画


「ミニミニ大作戦」
 の原題でもあるこの語、イタリア人の仕事、ということで

 いい加減、早いがずさん、詰めが甘い・・・

 といった揶揄いわばマイナスイメージの語なのですが自分は言下に

 その行動や選択の根底に確固たる美意識があり、少々の手間や込み入った技術が必要でもメリットがあるなら敢えてそれをやる

 というニュアンスが込められているように感じます。意あって力足らずというか(笑)結果としてそうなってしまった、という部分も多分にありそうで・・・
それらは、かの地から生み出される機械の魅力にもつながる感性ではないでしょうか。

 そしてデル・ヴァッキオは正にそういうセンスのエンジニアだったように自分は感じています。
 マングスタをもって、ランボルギーニ(ミウラ)に次ぐスーパーカー・メーカーとして名乗りを上げたデ・トマゾ。機を見るに敏な経営者としての側面も持つ総帥アレッサンドロ・デ・トマゾは次なる一手として画期的な「量産スーパーカー」パンテーラ・プロジェクトを発動します。それまでのマニファクチュア
(工場制手工業)レベルではなく、提携先は大フォードです。多くの人間が関わるビッグプロジェクト、そのリーダーとしては不向きとしてデ・トマゾはデル・ヴァッキオをプロジェクトから外しました。
(デル・ヴァッキオがそれを不満に思ったかは定かではありませんが・・・)
 そして彼はその後モーターサイクルメーカーに移籍し(させられ?)ました。これも望むことだったかは不明ですが・・・。

 経営者たるデ・トマゾはその時既にMoto GuzziとBenelliの二つの2輪メーカーを傘下に納めていました。

 デル・ヴァッキオが2輪の、車体関係にどれだけ関与した(できた)かも全くの謎ですが・・・
 モトグッツィには他に類のない縦置き90°Vツイン
mg_20130616122908.png
(+ シャフトドライブ)
 という確固たるエンジン形式とそれに対する安定した支持があり、その構成要素に関与する余地、変える必然性や付加するものはなかったはずです。
 しかし唯一、「インテグラル・ブレーキ」なる特異なシステムがありました。それはペダル操作前後連動の、同車独自の「安楽装備」なのですが、彼の作品かも・・・(?)と思わせる独創性(と「2輪音痴」っぷり、それゆえ不評・・・)は感じます。

 対してベネッリはかつてGPでならした名門とはいえ、ストリートバイクは非常にコンベンショナルで
bn.png
(650 トーネイドー。トルナードか)
 正に日の出の勢いであったジャパニーズバイクの前に風前の灯火、といった状態にまで追い込まれていました。

 そこでベネッリが打った窮余の策が日本車のコピー(!)でした。

 市場に自社にはない優れた商品があるならば、その商品と同等のものを用意する。さすれば同じ土俵に立てよう。

という判断だったのでしょう。 そしてこの判断を下せたのはデ・トマゾしかいないはず、です。

 彼はまず手始めに当時最新のコンパクトな4気筒
500.png
ホンダCB500
 のコピーを命じました。
 その時点でデ・トマゾの慧眼は、この500フォア(=1シリンダー125㏄)の拡張性を確信していたのでしょう。

 それををベースに2気筒を追加すれば750㏄(=当時の最大排気量)。
市販車初のシックス
6.png
(=Sei)
 をニューシリーズの旗艦として投入、日本車に一泡吹かせてやるのだ!

 と。 それにはそのコンパクトさが好都合でした。
 そして次なる一手は500を縮小した、これも初の250フォア
クアトロ
(=Quattro)。
ベネッリは実際に、GPにおける
2504.png 
250フォア 
のパイオニアです。そしてこのマルチシリンダーラインナップは
504.png
ベネッリ
G4.png mv4.png  
   ジレッラ → MVアグスタ、そして ホンダ・・・
h6.png 
(6気筒!RC166)
 といった60年代のGPへのオマージュと捉えることもできます。
 デ・トマゾは多くの文献で、特に2輪関連では「悪役」扱いなのですが、一連のマルチシリンダー攻勢は彼の純粋な(?)「エンスージャズムの発露」なのでは、と感じます。

 それは、「してやったり」感として画像からも窺えます。
deto.png
(今で言う「ドヤ顔」ですね!)
 エンジンのコピーは、かつては散見されました。
tc_20130616114828.png
アルファ・ツインカムをいすゞがコピー
gtr.png
ベレットに・・・とか、2輪ではホンダCB72
724.png
をラヴェルダが・・・
 sfn.png
 といった例がありますが、そんなことを知るはずのない子供だった自分は、創刊間もない
mr.png
モトライダー誌
 で「・・・ベネッリはCB500のコピー・・・」と読んで、強烈な違和感を覚えたものです。
「なんだよ、コピーって・・・?」
思えば現在の「3Dコピー」のようなものを連想していた訳ですが(笑)
 現車を入手分解採寸解析し、同等のものを作り上げるには同等の技術が要る・・・なんてことは当時の自分には理解の外でした。

 他社エンジンのコピー、名のある技術者にとっては、ある意味屈辱的なことではなかったか・・・自分は想像します。
 そして当時ベネッリには、正に名のある設計者ピエロ・プラボリーニがいたのです。彼、プラボリーニがこのマルチシリンダー・シリーズを設計
(=コピー!)した、とする文献もありますが、自分には信じられません。
 前述の屈辱感に加え、それ以前の作品(トーネイドー等ストリートバイク)の根底に流れる「保守性」とは相容れない、と感じるからです。

 自分は「スーパーカー誕生」冒頭デル・ヴァッキオのくだりを読んで
「この、ベネッリの一連のコピー再設計こそデル・ヴァッキオの仕事だったに違いない!」
直感的にそう思いました。

 最新の500フォアをコピー。そのコンパクトさを利して2気筒追加してもなお(相対的に)小さい、当時の最大排気量である
750シックス
ij.png
 を幅を詰めるべく、本来は真横に突き出すジェネレータ類を「背負い込む」形に改めたうえで実現。
 返す刀でその縮小コピー、250フォアをもリリース・・・
 矢継ぎ早に繰り出される凝った、熱い設計・・・イタリアンジョブという表現がぴったりだと思いませんか?

 さて750Seiと250Quattroの乗り味は、というと・・・
 これまた乗ったことはありません(だからファンタジーなのです)が2輪各誌、Web上を含め多くの文章が異口同音に絶賛するのがその快音!です。「音」が最初にくる、いかにも感覚性能を重視するイタリアンらしいと思いませんか?ほかに誉める所がなかったのかもしれませんが(笑)

 Seiは大排気量ゆえ出力的には無理していませんが250の方は相当のハイチューンのようです。圧縮比は驚異的な11.5です。
 想像するに、シリンダー当たり65ccに満たない小排気量ゆえ試作段階では思いのほかパワーが出なかったのではないでしょうか。自分のつたない250フォアの経験からもパンチ不足は否めなかったはずです。
「こんなはずでは・・・」
と、それを補うべく段階的に「チューンナッブ」していったら、こんな圧縮比になってしまった・・・が真相なのでは?と思っています。同様の理由で冷却も相当厳しいらしく、あるインプレッションでは
「・・・オープンロードでは非常に調子良いが、市街地でストップアンドゴーを繰り返すとたちまち油圧警告灯が点き、不安定に・・・」
とありました。
 油圧・・・ということはおそらく、油温上昇によるオイル粘度低下、と思われます。察するに、本来オイルクーラーが必要なくらいのハイチューンだった・・・ということなのでしょう。

 イタリアンエンジンは一般的に油量は多目です。彼らは2輪も4輪もチューニングには大きなサンプ
op - コピー
(sump=オイルパン)
 が大好きです。だがその備えのない250Quattro・・・
「日本車の真似をしたら油量が足りなかった」
設計者は言うかもしれません(笑)
 そして上記市街地のくだりは、正に前述ヴァッレルンガと符合する過激さです。その熱いチューニング魂とトーネイドーの佇まいはどうしても自分の中で合致しないのです・・・ということで、

 全ては、デ・トマゾのパッションにデル・ヴァッキオが応え、生まれた
「イタリアンジョブ」だった

と、信じたい自分なのでありました。


 トップ画像は前稿トップ画像の完成後。ビフォア・アフターということで(笑)画面、緑色は「ベース色」を残しているのでした。これを描いているとき、ミウラの中にコレ
gtv.jpg 
(GTV)
 が「入っている!」と感じたものです。
 この絵は某ラギッドファッション雑誌の募集に応え、結果的に「差し上げて」しまったもので、データでしか残っていません。
  1. 2013/06/16(日) 13:54:29|
  2. Moto
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5-2) De Tomaso Mangusta

 
(sold)
 自転車の話、もう少し書き足りないのですが自転車はあんまり・・・という方への心配りとして(笑)今稿はクルマの、それもスーパーカーの話を。

 当ブログで最初にアップした自分のイラスト、オレンジの
mangsata.jpg
デ・トマゾ・マングスタ
 ご記憶でしょうか?
 そこでも書いた通り同車、自分にとってベストスタイリングの一台です。単にベストと言わず、わざわざ「スタイリング」と断っているのは、乗ったことはもちろん触れたことすらないからですが。

 ジウジアーロ御大の作品としてはもちろん、スーパーカーとしてもそうですが、単純に自動車のかたちとして好きです。
 御大の作品らしい全体のマスのバランスの良さとか「筋肉の存在」を感じさせるような(=決して筋肉モリモリではない) 面の張り・・・といった形状面は当然ですが、その最大の魅力は?というと、スーパーカーとしては異例な
「自動車らしさ」にある
と思っています。
 明確なフロントグリルを持ち(=Fラジエーター)当時御大の得意技であった、通常のリトラクタブルではない「半分隠された」ヘッドライト・・・そこには低く上下に薄くも確かに「顔」があります。
 その「顔」を感じさせるるところが自動車らしさの理由でしょう。
 いかにもスーパーカー!という造形に比して
くんたっち
あんまり「尖っていない」ところがよい、ということです。

 スタイリングの話はこれ位にして、実際のクルマとしてはどうなのか?
 我国において同車は、現在においても謎のクルマのひとつでしょう。自分のつたない情報網では国内には赤と白の個体の2台のみ、です。

 気鋭の自動車ジャーナリスト沢村慎太朗氏が800頁の大著

「スーパーカー誕生」
を著すまで、カタログデータ以外では・・・ジウジアーロ・デザインであること、先代にして同社初の市販ミドシップ
valle.png
 「ヴァッレルンガ」
と同様の、エラン(というよりヨーロッパか) とよく似た
chassiss.png 
車体構造であること、
mangusta - コピー  
そして構造自体は違うものの、後の
pant.png
「パンテーラ」の礎となったこと、そのネーミングからコブラ
cobra.png 
を意識していること、そして剛性不足からか、走行中アライメントが変位する(?、PF先生のインプレッション)・・・同車に関する情報はこんなものでした。

 ほかに有力な(=リアルな)同車情報としてコーギー製、マングスタのミニカーがあります。
chassis_20130609102757.png
 コーギーの企画担当者は取材先(恐らくファクトリー)で同車のバックボーンにエンジンと足まわりが組まれた状態のもの即ち「ベアシャシー」
chassi.png kogi.jpg  
(押して移動できるのでローリングシャシーとも)
を見たはずです。そういう状態のストリートカーは初めて見たのでしょう、非常に興味をひかれた担当者氏はその状態を再現して商品化することを決意したのでした・・・
 こんなストーリーが導き出せるようなミニカー、なんと車体内部にバックボーンシャシーが仕込まれ、ボディが取り外せるギミック!生産化に当たってのデフォルメはあったでしょうが、きっとほぼこのままなんだろうな、と思わせるリアリティがあります。

 さて 2-1) ミッレ・ミリア’89 でお話しした通り広尾へ自作を携えお邪魔したとき、件のオレンジマングスタを見てティペットさん開口一番
『Oh!Bad car!』
 え?悪い車?・・・マングスタ・ラヴァーとしては聞き捨てなりません。
「どういうこと?こんなに美しい車なのに」
『Good styling, (but) Bad car・・・自分の友人はこの車を工場まで買いに行き、乗り出してすぐに返した・・・(後半部分も英語です)』
 当時の自分の語学力ではここまで聞き取るのが精一杯。いったいその車のどこがどう悪かったのか、突っ込んだ話は残念ながらできませんでした。

 それではマングスタのどこが悪かったのか、推理してみましょう。

 実車は昔、外車屋のウィンドウ越しに、それも深夜に(笑)見たことがあるだけなので類推するほかありませんが。
 しかしかつては外車、それもスーパーカーの話なんぞは、現実には触れようのないわば「ファンタジーの世界」だったので、こういった自分勝手な推理も楽しみのウチ、むしろ主流だった(?)という感も・・・。

 まずそのご友人氏、どこの方かは存じませんが、たとえイタリア在住であっても、わざわざファクトリーまで引き取りに行くというのは、相当入れ込んで(購入前に同車を気に入って)いたのは間違いないでしょう。当時のデ・トマゾの販売網の弱さを勘案しても、です。
 というのは当時最新のスーパーカーを新車で買おう!という人の財力なら、納車を完全人任せも無理のないことだったはずですから。

 次に問題の核心、何が悪かったのか?です。

 乗り出してすぐ、とのことなのでそれは瞬間的直感的に理解できる
「不具合」のはずです。
 ということでまず第一に考えられるのは視覚的不具合です。
外装の視覚的不具合というのは新車では流石にあり得ないでしょう(笑)
 すると室内、と考えると・・・例えば内装の建て付けが非常に悪い。走っているうちに何かが脱落するとか何かが真っ直ぐ装置されていないとか最初から縫製がほつれているとか。
 これらは、あったかもしれませんが(笑)
車自体の返品にまでは発展しないのではないでしょうか?

 第二は、乗って感じる、ドライブフィールですが・・・室内つながりで考えられるのは排気もしくはガソリン臭です。 実際沢村氏もその著書の中で同門先代であるヴァッレルンガの項でガソリン臭について言及しています。可能性はあるかも。しかし
「この車、ガソリン臭くて走ってられない、返す!」
あるかもしれませんが、「直せ!」が先にくるような気がします。
 エアコンが全然効かない・・・等も同様でしょう。
 実際Fラジエーターゆえ「暑くて乗ってられない!」ってのはあったかもしれませんが。

 とすると第三は本当の意味でのドライブフィール、我々が「インプレッション」と称する、動力性能、操縦性、乗り心地そしていわゆる「音・振」の評価(のどれか)があまりに低かった、ということになります。

 どんな評価?乗り心地が悪い?
 経験ある方もいるかと思いますが、新車を買おう!と舞い上がっているときは意外に結構酷い瑕疵も受け入れられてしまうものです(笑)乗り心地は問題にならないと思います。

 動力性能?それまでの氏の車歴によっては「速い」と感じなかった可能性はありますが同車、遅くはないでしょう。息つき等調整不良は考えにくいですし、それこそ「直せ」でしょう。

 では音・振?これは可能性があります。
 というのもやはり沢村氏の著書が明らかにしたヴァッレルンガのエンジンマウント方法・・・永く信じられてきたシャシー剛結ではなく弾性マウントだった・・・この「ヴァッレルンガの誤解」はその振動の荒々しさ(とバックボーンシャシーのイメージ)から生まれたものと自分は想像します。

 もし同様の尺度、方法でマングスタが設計されていたら
(可能性は非常に高いです)・・・相当荒々しい音と振動がズカズカ踏み込んでくる感じだったら・・・遮音は「後付け」では無理です。
「こりゃ乗ってられない」
ということはあり得ます。しかしこれも舞い上がっていればどうか・・・

 そこで注目すべきは前述「ボディ剛性」です。
 PF先生は基本的にその車の美点を挙げ、あまり批判はしません。
 脱線しますが・・・映画評論家の故淀川長治氏は「映画を褒めるのが自分の仕事」とつまらない映画でも決して貶さなかったそうです。国やジャンルは違えど先生にも同様のものを感じます。
 その先生が言及する剛性の問題は無視できません。
 それが実際の剛性ではなく、シャシーとボディの締結等に由来する「剛性感」であっても、です。むしろそちらの方が可能性が高く、しかも深刻かもしれません。
 再度「スーパーカー誕生」より剛性不足の著例としてフェラーリ348項を引用すると・・・

 その極初期型に限って「高速高負荷時直進安定性不足」「危ない」「すぐスピンする」という風評は真実でそれはサス取付部等の局部剛性の不足に起因する・・・
 平たく言うと「怖い」ということです。

 その初期型348と同種の「恐怖感」「不安感」こそ車を即時返品するに足る唯一の理由ではなかったか、と自分は考えます。
「こんなのおっかなくて乗ってられない!」
ということです。
 特にこの「高速高負荷時云々」は正にPF先生のインプレッション「アライメント・・・」のことを指しているように思います。

 設計上、バックボーンの断面積不足といったシャシー自体、もしくはサスの取付部あるいはサスアーム自体の剛性不足が原因だったのではないでしょうか。

 ではなぜそうなったのか?
 まず第一の理由は設計者(「天才」ウンベルト`チリッロ′デル・ヴァッキオ
たった一人ですべて!)の高性能豪華ミドエンジンGTの経験不足ですが、
これは致し方ないでしょう、その経験者など当時世界中どこにもいなかったのですから。

 第二の理由は、基本設計にはさほど問題なかったはずなのに、市販車として成立するまでに加えられた度重なる設計変更に帰せられると思います。それらはすべて剛性的にはマイナス方向で行われたのです。

 マングスタのシャシーはヴァッレルンガの拡大版ですが直接のベースはデ・トマゾのレーシングカー
701.png
「70P」。
そのアルミ製バックボーンを市販化のために鋼板製に。これが最初の変更です。剛性は重量との兼ね合いがあるもののこの変更は剛性自体への影響は軽微だったと推定されます。
 次に、イソ/ヴィッザリーニ向けにジウジアーロ御大が用意していたミドエンジンGTのボディ(これが原初のマングスタ・スタイリングなのです)
とマッチさせるためホイールベースが138mm延長されました。
 これはサスアーム等を新たに起すとは考えにくくバックボーン部分で行われたことでしょう。これはシャシー剛性にはかなり影響があったはず、もちろん弱くなる方向です。
 ここまでは、クルマに対しては変更の部類、原初の70P
70.png
(目立った戦績はないものの、まがりなりにもレーシングカー)
から大きく逸脱することはなかったかと思います。
 しかし70Pは車重700㎏です。それに対応した各部剛性(とそのバランス)の車体の上に鉄製ボディと豪華装備の架装で1300㎏になんなんとするマングスタ、相当の構造変更が施されなければ剛性不足は目に見えています。
p70.png
ところが数少ない資料、画像等を見るとあまり変わっているようには見えない・・・。

 700㎏ならちゃんと走るクルマに各部に分散とはいえ600㎏積んだら・・・
マングスタの車体剛性不足はまず間違いない、という結論になります。

「飛ばすとどこかへ行きそうになる、怖いクルマだった」が真実なのでしょう。

 これを裏付ける物証とするには弱いのですが・・・
racecar.png  magust.png
(ただのロールバーかも・・・)
 後年(現在)のマングスタ・レーサーにはすべからく市販型にはないRクォーター部補強材が見られます。
 そして純粋な剛性ではなく「剛性感」が問題だったとすると車体(鉄製ボディ)とシャシーの締結にも原因がありそうです。
 というのもロータス・エランの例ですが、シャシーと足回りはほぼ完璧のはずなのに
「ギシギシ、ユラユラ」
の個体に乗ったことがあります。これはすべてシャシーとボディに挟まれるラバーブッシュの劣化が原因と知って、ショックを受けたことがあるのです。
「ゴムだけでこんなに変わっちゃうんだ・・・」
 軽いFRPのエランと違ってマングスタは重い鉄ボディ、そうなる可能性は非常に高いでしょう。その辺りはどうなっているか、是非実車見聞してみたいものです!

 もしマングスタ、その存在、所在もしくはオーナーをご存知の方(もちろんご本人でも!)いらっしゃいましたら、左のメールフォームより(非公開です)
ご連絡いただけると大変嬉しいです。

 次稿は「奇才」ウンベルト`チリッロ′デル・ヴァッキオについて書いてみたいと思っています。

 トップ画像はこれまた全く関係のない(少しあるかな!)下書き中のミウラでした。
[5-2) De Tomaso Mangusta]の続きを読む
  1. 2013/06/09(日) 20:58:29|
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6-3) カスタムマニア:その3 /follia di Campagnolo

004 (3) - コピー 
(sold)
 自転車ファンの皆様、お待たせ致しました。自分のカザーティSL号の話、再開としましょう。

 まずはシートピラーの話から。
 前任車MBKの標準品はカンパ・アテナでした。径は一般的
(コロンバスSLパイプなら当然)なφ27.2だったので、そのままキャリーオーバー可能でした。がしかしカンパ・ピラーの、そのエアロ形状
crec.png
(上部が薄くなっている)
ゆえミニマム長が高く、サイズ525(芯×芯。因みにMBKは510)だとエアロ部分が 「潜ってしまい」よろしくない・・・。
 当面は潜らせて行くことにして、ピラー探しとなりました。

 狙いはカンパの、通称「ショート」。
post4.png        
post.png post2 - コピー 
        ( ショート)      (こちらが通常品、違い判りますか?)
 エアロの絞り部分が短いタイプです。
 それならより奥まで差し込め、何よりフルカンパの美しさが保てます。 

 しかし相手は超レアもの、なかなか出てきません。たまにネットオークションで見つけても毎回高騰!手が出ません(泣)
 皆さん考えることは同じ、なのでしょう(笑)

 そこでピラー選びのもう一つの(本来の)尺度、ライティングポジションから考えると・・・
 カンパ・ピラーで可能な目一杯より、もう少しセットバックさせたい。
 新たな「目標」が浮かび上がりました。

 我々日本人は欧米人に比べ相対的に大腿骨が長く
(実際には膝下が短い)アナトミックにはサドル位置は後方
(=フレームのシート角寝かし気味)の方が正しいそうで、それを取り入れてみよう、というパーツ選択です。
「フルカンパは諦めて、そっちの方向で探そう・・・」

 かくしてオークションで見つけたノーブランドのこのピラー
ぴらー  
(ヤグラが完全にオーバーハングしてます!)
 ステンレスパイプに大きなセットバックを可能にする、長い「舌」状のヤグラが圧入(接着)されるという構造。そのため「繋ぎ目」があり、光沢の違いも気になりますが(笑)まあ機能優先ということで。

 実際このピラーによる「後傾」ポジション導入後は、ペダリングの
「前さばき」が大きくなり―時計でいうと11時前から―以前より
「長く踏めている」感じがします。

 続いて、遂にきましたクランクです。
 MBK標準品はカンパ・アテナ、欧米人向けアッセンブルにもかかわらず幸いにも長さは日本人向け170でした。このクランク、仕上げも意匠も申し分ないものの、カンパはインナーが最小39T、貧脚としては本当はもう少しロー側が欲しい。しかし大きなRスプロケットはみっともない。
 そこで!レア・パーツを投入です。

 1990年頃のMTBブームはご存知でしょうか?

 その加熱っぷりは現在ではちょっと想像できないレベル。市場に投入された実車およびパーツ類のバラエティは、マイナーなものを含めれば膨大と表現できる規模でした。 誰かが思いつくものであれば全て、何らかの形で商品化されていたのでは・・・?と思える程です。
 現在では考えられませんが、あのカンパでさえMTBパーツを、それもフルコンポで用意していた位です。

 そしてカザーティ号には、そのカンパ幻のMTBコンポ「ユークリッド」のクランク(いつものサガミサイクルのデッドストック)を付けました。  
 オリジナルの歯は48ー38ー28。旧世代のギア板で、変速アシスト・ピンの類は一切ありません。
 そこでロード転用に当たりインナーは外しミドルにはそれこそ当時隆盛のカスタムパーツ、Koocaの34T(精度は今一でした・・・)を。
 そしてアウターはカンパ党としては不本意ながら、シマノXTRのオプションのハイギア、48Tをロゴを隠して(!プロみたい)装着・・・
くらんく
Rフリー・トップ12Tでギア比4.0と変速性能を確保・・・
 そう、このクランクによって小さいインナーの、いわゆる「コンパクト
クランク」を、その言葉が生まれるずっと前に実現していたのです!
 しかもこのクランクにはツテを使って「反則技」、機械加工を施しました。
 ペダルの踏み幅(=Qファクター)を狭めるため、ペダル取り付け面を
ザグって(凹ませて)あります。
ざぐり1  ざぐり 
(ペダルシャフト基部がクランクに、くい込んでいるのが判りますか?)
 クランクアームの剛性は充分(にきまってる・・・)との判断に基づく「暴挙」ですが、非常に調子良いです(^^)
 何よりBBシャフト長を純正より詰め(=短いものと交換し)てクランクのセンターがズレてしまっていても(=現車が正にそう)片側ペダル基部にスペーサー、で純正より幅狭いままペダル位置をセンタリングできます。

 前述の通りBBは短いTi.シャフトで軽量なWorld ClassのシールドBBを採用しましたが、別の問題が・・・!
 流石にMTBパーツ、左右同ネジのイタリアンBBは想定外らしく、ペダリングトルクでシールドBB全体(=クランク全体)がズレてきてしまうのです。
 困りました。
 色々あれこれ採寸してみると・・・BBケース外径はシマノと同じことが判りました。そこでシマノBBの、ロックリングの反対側の、圧入されているフランジ付きのネジを抜き、左右同ネジを幸いにそれをロックリングとして使うことにしました。
sbb_20130601183836.png 
(左がロックリング。右を外して・・・これは別のBBですが)
 フランジがあるのでそれ以上食い込んでいかない、わけです。
 それでもロックリングとして機能させるには面倒なスペーサー(=シム)による座面調整が必要でしたが。

 さてMTBパーツ流用で、フルならぬほぼカンパの(笑)コンパクトクランクを実現した所で新たな問題が・・・Fディレーラーです。

 MTB用変速ピン付きアウターは48Tが最大(=XTR)です。52T用になっている通常のロード用Fメカでは「羽根」の形状が合いません。

 変速はするでしょうが、非常にみっともない。そんなバイク乗りたくない。

 カンパのMTB用Fメカ探しとなりました。流石のサガミサイクルにもなく、
ネットオークション頼みです。
 その間は38Tシングル(!)で乗ってました。
 そしてなんとか「ユークリッド」を入手。
 次なる問題はマウントでした。

 カザーティはイタ車の常道として台座直付け。入手できたのはバンド(φ34.9!)・・・しかし幸運にも構造上、アテナ、ユークリッド共にパンタグラフ部分は互換性があり、ニコイチ(=合体)が可能でした・・・しかしまだまだ問題が。
 やはり52T用になっている(48Tなど考えられていない)フレーム側の台座、その取り付け部スロットのスライド範囲では48Tの位置までFメカが
「降りてこない」。
 しかもその取り付け角度も全く合わず(=イタリアンロードとMTBのシート角の違い)・・・これまた困りました。
 

 まずは取り付け位置の方から解決しようと・・・。
 当初Fメカ側ネジシャフトを削ろうかと考えましたが、締め付けトルクによるシャフトの曲がりが懸念されます。それを防ぐには上下を削らねばならず、ネジが細く(=薄く)なり過ぎて取り付け剛性低下が心配・・・ということで却下!台座側を削ることにしました。
 しかしこれもスライド溝「下側ブリッジ」は僅かしか残らず、剛性低下は否めません。
 結構力は掛かるはずです。そこで一計。剛性低下対策として

 台座外側にぴったり合う、剛性のある曲面板スペーサーを作成、共締め

 することにしました。
 まず材料屋から内径が台座外側曲面(単R)に一致する、板厚のあるステンレスパイプを取り寄せます。
 非常に硬いです。
 このパイプから台座と同じ形を切り出します。
 1mですが使うのは3cmです。(笑)
 ディスクサンダーによる手作業です(汗)
 当然溝は切ら(れ)ず一番下にマウント穴一つ。
 ステンレスの輝きが見た目違和感を軽減するポイントです。
 少々の苦労は致し方ありません。
 えふめか
 さて残る問題の角度調整はというと・・・。
 MTBの「寝たフレーム」向けのFメカを「立ったフレーム」にマウントしたい。即ち台座に対して角度を持たせて(=浮かせて)固定するということです。
 台座外側は、件のステンレス板が追加されRが大きくなっているため元々のナット台座、フレーム接触面側に切削加工が必要です。
その追加工に角度を持たせれば良い・・・ということでハンディ・ベルトサンダーで少しづつ削り、摺り合わせました。
 問題は裏側、Fメカ本体側です。
 マウント部分の真ん中にネジシャフトが突出しているため切削は困難です。削り込み(凹)方向での調整は無理・・・

 Fメカ本体の、圧着面の片側一点がフレーム台座内側と接触、
 他方が角度を持って「宙に浮いている状態」

 その位置で固定できれば・・・そのためには

 全体がRを持った(=曲がった)楔型のスペーサー

 が必要です。幸いそこは裏側、見えないのを良いことに思いっきり素人細工で・・・ということでエポキシねんどパテを手先で成型、ラップで包んでその隙間部分に挟み込み硬化を待ちます・・・これでジャストフィットかつ高剛性のスペーサー、角度変更(偏向)マウントが完成です!
(輝くステンパイプ製カバーとその上の切削済みナット台座)
かくど  
(シート角とFメカ角度の違い・・・裏側はお見せできません・・・)
 とまあ、これまた非常に長くなりました。
 操縦性の話どころではありませんね。

 今週はこの辺にしたいと思います。
 トップ画像は2輪繋がり(苦笑)でHDのVロッド。本屋時代、アストンマニアの方のオーダーでした。

  1. 2013/06/01(土) 21:24:15|
  2. Bicicletta
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