Ronnie Peterson(1944-1978)

RP
(逆転チャンピオンの可能性すらあったのに・・・)

 先週のお休み(笑)を挟んだ 前々稿、そこで取り上げたリアルなF1関連新聞記事切り抜き(の資料性の高さ?)には期待したほどの反応はありませんでした。が全く懲りずに新聞記事レースネタを・・・

 

 トップ画像は'78年の夏、スーパー・スウェードことロニー・ピーターソン(ペターソン)の死を伝える毎日新聞、朝刊です。

 

 '76年のF1インジャパン、興行的には赤字だったようですがエフワンブームを巻き起こしたのは確かで、開催2年契約だったと伝えられる翌年の'77日本GPにも期待は集まりました。しかしブームは去り、前年この日本で惜しくもチャンピオンを逃したラウダは翌年最終戦を待たずにそれを見事に奪回、雪辱を晴らします。同時に消化試合たるFISCOへ彼が来ないことも発表され・・・注目は社会全体からではなくレース界、自動車界のみからにとどまったようです。

 '76年のインジャパンTV中継はモータースポーツに不慣れ(というより知らなかった?)故か、まるでマラソン中継の如くトップもしくはハントを映し続ける(=競り合いを映さない)不毛なものでしたが'77年にはリジェとフェラーリ(ラフィットとロイテマンだったかと・・・)のバトルを映す等、改善が見られました。
 しかしそういった数少ない良い材料もデビューしたての熱血ルーキーにしてのちの・・・

伝説のハードドライバー
ジル
G・ヴィルヌーヴ

 彼持ち前のレース魂の発露によるアクシデントによってかき消されてしまい・・・その影響でJapanese Grand Prixはたった2年でその幕を閉じたのでした。
 加えれば、そのアクシデントにのみに言及した悪意ある
(? モータースポーツに?自動車に?被害妄想???)
 新聞記事はスクラップして残す気にはならないものばかりだったのでした。

 しかしその翌年、また切り抜きを残してしまった事件がこの元祖ドリフトマスター(?youtubeを!)ロニーの死でした。

RP.jpg
(事故死といっても即死ではなく・・・)
RP1.jpg
(入院後それも血栓で、と・・・)

 RP2.jpg
  (この3枚は週間プレイボーイ誌)


 
 折しもセンセーショナルなクラッシュシーンが売りのレース・ドキュメンタリー・・・

「ポールポジション」

 ( モンド映画 ってはじめて知りました)

 が公開間近だったためかそれらのクラッシュはセットで記憶され、不幸なアクシデントの多かった時代・・・とされてしまった感があります。

  映画Rush劇中ラウダが

「・・・俺達の4人に1人が死ぬ・・・」

と発言するシーンがありますが、その通りに・・・レーシングドライバーのヒロイズムが蛮勇と同義語だった時代かも・・・。

 そしてそのロニー・ショック冷めやらぬ頃、ロータス総帥C・チャプマンの突然の死を受けて・・・当時の我々の機関紙 隔月刊 CG's に描いたのがコレです。

72.jpg 
(下描きなしのサインペン一発・・・)

 学生の作品としては結構イイセンいってるのではないでしょうか(笑)

スポンサーサイト
  1. 2015/10/04(日) 17:37:25|
  2. Illustration&Work
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<Skagen watches | ホーム | 食べログ:3連発>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://italiancarlover.blog.fc2.com/tb.php/150-ef5b5bc0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)