2-0)フェラーリ250GTOとの邂逅

 自分の絵に最初に値段がついた時のお話をしましょう。
 1990年だったか91年のある日。お世話になっている(今も!)クルマの先輩 World Famous Nikon F Collector S氏から連絡がありました。「今度GTOが青山に来るから是非見に来い!」
 なんでも3大オークショナーのひとつ、クリスティーズの次回のオークションにフェラーリ250GTOが出品されることになり落札予想価格22億円(!?)という高価格車ゆえ、その姿を世界中の富豪に見せるべくプレビューとして実車が各地を廻っており、ときバブルな日本にもやってくるとのことでした。
MAT - コピー
(当時のスポーツ新聞の切り抜きが出てきました)
 GTOが売りに出ること自体非常に珍しいし、何より当時日本にはフェラーリ250GTO、公には「ない」ことになっていたので(実際にはありました)実車を見たことがある人は限られていた時代で、もちろん自分も見たことはありませんでした。
 とにかくそのクルマの先輩S氏は、面倒見がよいのか悪いのか(もちろんよい、です・・・汗)
「情報はやるからとりあえず自力で現場までこい」
という人で、F1のときもそうでした。「とりあえずピットまで来い。そうすりゃいい目見させてやる」この一言を頼りにスズカF1、なんとかピットまで辿り着いた自分達への第一声は「偉い!よくここまで来た。どうやって来た?」でした。どうやってって・・・。

(その時はセナ&プロストのサインはもちろん肉声の録音も!)


(氏の永く所有するGTE)
 そして当日、青山スパイラルホールにはオレンジの(暗いホール内ではそう見えました)FERRARI250GTOさまが鎮座ましまして居られました。
 このクルマについては、うろ覚えですが・・・シャシーナンバーが3223、前オーナーがフランス人フェラーリ研究家G・プーレ、極初期の(最初の?)1台でボディと間にラバーを挟んだ別体のダックテールが特徴、華々しいレース・ヒストリーはないものの、それゆえオリジナルをよく保っている・・・
(なんとも、使い切りカメラの画像なので・・・)
といったところだったはずです。その第一印象は
 小っちぇえ
でした。今思えば生粋のレーサーゆえ当然なのですが、長年にわたって文章と写真だけで培われた名車、高性能車のイメージに加え同門の275GTBの持つややふくよかなスタイリングの印象もあり子供じみた感覚ではありますが、そこにあるだけで他を圧倒するようなもっと大きいものを勝手に想像していたのでした。 そして周囲をぐるぐる回りながら観察すると湧いてきた「第二印象」は
 コーヴェットに似ている(!)

(いわゆるC3アイアンバンパーですね)
でした。決定的に違うのはウィンドシールドのアール(上面視でGTOはおおよそ単アール、コーヴェットは両端アール)加えてディテールにも同じところは全くありません。がしかし、カタチが似てる!御本尊GTOには失礼かもしれませんが(笑)その時は本当にそう感じたとともに、同車のスタイリングイメージを消化しつつ全く違うものを創造したB・ミッチェル(GMスタイリングの親分)は大したもんだ!とも思いました。そうしているうちに湧き興る不思議な、既視感のような感覚。「第三印象」は
 ポール・マッカートニー(!?)
でした。ずっと憧れていながら実際に見ることは叶わず永い年月をおいて実際に体験すると、膨れ上がった期待値に比べて落胆はないものの「思っていた程ではない」という感覚。これは'90年のポール・マッカートニーの来日公演で味わった感覚と同種のものと感じました。

(そのチケット半券と当日購入し、現在も「使用中」のピンズ)
 思えばその10年前ソロ初来日の空港での逮捕、国外退去(ポールとリッチー・B命の友人Kはショックのあまり払い戻しせず・・・)以来この眼で見たくとも叶わなかった、もう見ることはできないのではないか?という飢餓感、そして遂に訪れたそのカタルシス。名車とはいえ一介のクルマとの出会いにこんな感覚を覚える自分って・・・

 全く違うものに思いを馳せる位に落ち着いてきた(?)自分にS氏が当日のゲストを紹介してくれます。
 フェラーリ研究家/歴史家にしてF1関連でも活躍する翻訳家、I氏
 今回GTOに帯同し世界を廻っている、このクルマを走らせたドライバー、A・ヘッジズ氏
 そして今回のプレビューのコオーディネーター、M・A-ティペッツ氏

(写真を撮っているのがティペッツ氏)
 なかでもヘッジズ氏はプライベートGTフェラーリのドライバーとしてより、MGの元ワークス・ドライバーとしての方が有名で、かのパディ・ホプカークとシートを分けあうような名ドライバーである、とのことでした。 そういった方々との談笑ののち、当日はお開きとなったのですがやはり舞い上がっていたのでしょう、何を話したかは全く憶えていません。ただ帰宅後猛烈に湧き興る創作意欲!
  往年の名ドライバー氏がわざわざこんな極東くんだりまでやってきて、大して話もせずに帰る(実際氏に声をかけている人はほとんどいませんでした)このまま帰らせるなんて失礼だろ!何かジャパニーズ・スーベニアを持って帰ってもらおう!!
自分にできること・・・そうだ、絵を描こう。そしてそれをプレゼントするのだ!!!
 資料をひっくり返すとワークスMGC、正面視のモノクロ写真がありました。

(これは別の画像ですが、モノクロでこんな感じでした)
これだ!しかし色が判らん・・・。色々調べ進むと緑と黄色らしいことが判りました。よし!違ってもいい、それで行こう。一晩で描き上げました。そしてS氏に電話「ヘッジズさんに絵を差し上げたいので連絡先を・・・」しばらくして「ティペットさんの家に泊まっている。場所は広尾のシマズハウス、電話は・・・」との返信が。
 さてここからが大変。 自分英会話は少々できますが、身振り手振りが効かない(見えない)電話は別物! 事前原稿を書き出して、緊張しながら電話しました。なんとか通じて(何といったかは憶えていません)翌日(日曜でした)勇躍広尾へ。
 しかしヘッジズさんは何故か不在。ただし迎えてくれたティペッツ氏はご夫婦で、大いに歓待してくれたうえ「素晴らしい!」と絵も大変気に入ってくれました。気になるMGC塗色も合っているとのこと。

そう、自分の絵の最初の顧客はそのティペットさんなのです。

長くなったなので今週はここまで。



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  1. 2013/01/20(日) 02:01:07|
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